三太=クロースの贈り物
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 そこそこの大学を卒業してそこそこの会社へ就職、会社員として半年以上過ごした頃には赤宮竪憲はすっかり社会人生活に慣れていた。それは同時に過度の期待や不安を抱かなくなり、心情が大きく揺れ動いたりすることもなくなってきたということ。最近の赤宮は現在や未来のことより過去に思いを馳せることが多くなっていた。その中でも特に割合を占めるのが高校時代の記憶である。細かく述べれば、高校時代でのある同級生との記憶ともいえる。待ち合わせに遅れてしまったり、二人でお気に入りの曲を何度も何度も繰り返し聴いたりといった青い春の思い出。無論、大学時代にも楽しいことがなかったわけではないが。とにかく、赤宮は生活への慣れによって生じた〈退屈〉を思い出で埋めていた。
 そんな赤宮の惰性的生活は、十二月二十四日のクリスマスイブという世界的行事においてもこれといった変化を見せなかった。そもそもクリスマスはカップルと子供達のためにあると言っても過言ではないこの日本で、一人身の男のその日というのは退屈でしかないのだ。せめて平日であれば仕事があったのだが皮肉にも今年は日曜日で仕事はない。だから赤宮は普段より遅めに起床し朝食を食べ昼食を食べ、赤宮同様に夜を過ごす異性がいない男集団での飲み会へ行くというそれこそ一人身テンプレートとでもいえそうな一日を過ごした。そして日曜日の翌日は月曜日。ここぞとばかりに無言の了解を得て有給休暇を獲得している連中もいるが、赤宮をはじめ今夜飲み会に行ったような男達にはあてはまらない。仕事がある以上、会社に出勤しなければならない。
 そんなわけで赤宮は飲み会だから車があるわけもないので終電が過ぎる前に皆から別かれ、駅までの道を淡々と歩いていた。時間には余裕をもって別れてきたので終電までには何の問題もなく着くはずだ。クリスマス限定おじいさん、サンタクロースを一目見ようと目論む子供達が多いのだろう、道を挟む家々は比較的明るい。おかげで暗い深夜の道に気を張ることもなく進める。それによってまた生まれた退屈に、赤宮が習慣的に回想を始めようとしたときだった。
 自分の前を歩く、不審人物に気付いたのは。
 赤宮は訝るというよりは、ぽかんとした。それは後姿の彼がいかにも怪しい人物だったからであり、どう怪しいのかといえば赤い帽子に赤いコートに赤いズボンそれぞれに白い毛の縁取りというあまり普通とはいえないような格好をしていたりかなり大きな白い袋を担いでいたり頭には枝分かれした角飾り胴には赤い服に白の縁取りという変な格好をした(あるいはさせられた)犬を連れていたからである。赤宮の常識でいえば、実に奇妙な人物であったのは間違いない。
 いやしかし、だが、むしろ、もしかしたら彼はなんら怪しい人物ではないのかもしれない。
 そんな格好に少なからず当てはまる人物は誰もが思い浮かべることができる。
 即ち、〈サンタ〉がクリスマスイブの夜にいて何の不思議があろうか。
「さ、三……太?」
 思わず赤宮は声を漏らしていた。〈三太〉と、赤い背中には白字で書かれていた。
 赤宮の声に気付いてか、赤装束が無言で振り向いた。
「…………」
 やはり、彼はサンタなどではないのかもしれないと、赤宮は思った。
 赤宮の知っているサンタは白いひげが生えていて、子供を愛する優しい目をしている。しかし目の前の赤いのの顔に白いひげは見当たらないし、目つきが悪く煙草まで咥えていた。
 赤宮の知っているサンタは割とふくよかなご老人だ。しかし目の前の三白眼の体は長身痩躯でモデル的で、なんと赤帽から金色の頭髪が覗いていて明らかに赤宮より若く見える。
 赤宮の知っているサンタはトナカイの牽くそりに乗って子供達へのプレゼントが詰まった大きな袋を持っている。しかし目の前の金髪少年の左手から伸びるリードはトナカイの角らしき飾りのついたカチューシャを頭に装着し(あるいはされ)背に〈馴鹿〉と書かれたサンタ服を身につけた(あるいはつけさせられた)中型犬の首輪に繋がっており、反対側には〈1コ300エン〉と書かれた白い大きな袋を担いでいた。
 赤宮はあまりにワケのわからない光景に唖然としていた。いったいどうしてこんなところにサンタ――のような格好をした人間がいるのか。足元のコーギーとも柴犬ともその他あらゆる犬種ともいえない――きっと雑種なのだ――角飾りの犬はトナカイのつもりなのだろうか。サンタなら担いでいるのはプレゼントのはずだが、一個三百円とはどういうことなのだろうか。そもそも、この金髪サンタ風少年は一体何者なのか。
(つっこみどころが……多すぎる)
 内心呟いた。
「プレゼント……」
 まさか季節外れのハロウィンかと推理を始めた赤宮の思考を停止させるように金髪サンタ風少年は自分の担ぐ袋を指差し、低めの声で言った。発言の相手は、間違いなく赤宮である。
「え、いや……は?」
 しかしその意味がわからない赤宮は意味のある返事を返せなかった。
「…………」
 赤宮の返事が悪かったのか、少年は煙草の煙を吐くだけで二の句を継がない。
 そのまま、十秒ほどの沈黙。
(困った……)
 赤宮としては、こんな意味不明な状況からはさっさと脱したい。しかし、どうすればいいのか。相手の素性も目的もわからない以上、対処法も全く浮かばなかった。だから、赤宮はまず相手の正体を知ることにした。
 青い目をした少年に言う。
「ええと……まさかとは思うけど、サンタ……なのかな?」
 自分でも馬鹿げた質問だと思うのだが、なんと少年は頷いた。あまりに当たり前のように肯定されて、赤宮は面食らう。
「え、マジで」
 反射的な言葉に対する返事のように、自称サンタは懐から何かを取り出した。それは小さい紙片で、何かが書かれている。
「さんた、くろーす……」
 赤宮が書いてある文字を読むのと同時、サンタ少年が言葉を発した。
 三太=クロース。
 紙片にはそう書かれていた。それ以外は何も書かれていない。
「……まさか、名前……?」
 呟きに、三太=クロースが頷いた。紙片は名刺のつもりだったのだろうか。
 赤宮がその顔に驚きや疑惑、唖然などといったカラフルな表情が浮かべながら訊く。
「何者?」
 問いに、三太は考えるような仕草をとる。それはどう説明しようと考えているのか、外国人らしいので「何者」という日本語について考えているのか。少しして、自称三太が口を開く。
「サンタクロースの、末裔……かも」
 はっきりした日本語。
「……」
 三太の発言はどれも赤宮を閉口させる。もう、「かもって何」という誰でもできるつっこみすら浮かばない。それでも、このままでは言い負かされたような感じがして、また訊く。
「その歳で煙草は……」
「暖を、取って……」
「…………その犬は」
「じゅんろく……」
「わん」
 足元の雑種犬が小さく鳴いた。
「……………………その、角は」
「じゅんろく、だから……」
 もはや、会話が成立しているのかも怪しい。無駄と諦めを感じながら、赤宮は最後と決めた質問を言う。
「サンタ(自称だが)が、何でこんなころに」
 根本的な質問に三太が何か思い出したように瞬きした。そして、リードを握る手をおもむろに上げると担いでいる袋を指差して、ぽつりと。
「プレゼント……」
 数分前の台詞に戻ってしまった。
「…………あー、くれる、の?」
 しょうがないのでプレゼント話に乗ってみる赤宮。
 すると、三太は首を縦に振って肩から袋を降ろす。何が入っているか赤宮に知る由はないが、どさりという重たい音がした。そして三太がその右腕を袋に突っ込んだ。ガサゴソがしゃごしゃゴロゴロと様々な質感の音が袋から漏れてくる。やがて、目的の物を探り当てたのか三太の腕が止まり、ゆっくりと袋から抜かれる。
「プレゼント……」
 差し出された手には、小さな箱。リボンもあしらわれており、なるほどいかにもサンタの贈り物然としていた。
 サンタ(あくまで自称)からプレゼントを差し出されたからには断るわけにはいかない。赤宮は小箱を受け取る。三太がずっと見ているので、箱を開けることにした。リボンを解き、包装紙を慎重に剥がすと白い本体が現れた。硬い箱が上下に割れる。
「これは……」
 腕時計と、小さな棒が入っていた。時計は金属製のアナログ時計で赤宮の腕に巻かれている物とさほど変わらない。棒の方は円柱の表面から小さな突起がいくつか出ていて、どうやら玩具の鍵らしかった。
 はっきり言うと――――いらない。
 つい本音が顔に表れてしまった赤宮に三太が低く呟く。
「あんたに、必要……」
「は……?」
 思わず聞き返すも三太は答えない。赤宮はそろそろ慣れてしまった流れにため息をつき、
「第一、貰って言うのもあれだけど俺時計は持ってるし……」
 左の袖を捲くって見せる。
「やっぱり、必要……」
 ほとんど独り言のように呟く三太。
「え……」
 赤宮自身、自らの腕時計を見た。
「止まってる」
 手首に巻いた時計の秒針は、動いていなかった。いつの間にか電池が切れたか壊れたかしてしまっていたらしい。時計が止まったところに時計を貰ったことに、三太へ一抹の不思議を感じた。が、すぐによくできた偶然だとかぶりを振った。
 一言礼を言って止まった時計をポケットにしまい、受け取った時計を腕に巻く。念のために携帯電話と比べたが互いに同時刻を示していた。ついでに鍵らしきものも入れておく。
 まだ三太は見ていた。
「えぇと、どうも」
 小さく頭を下げる。
 三太は赤宮が時計を受け取ったことに満足したのか、煙草の灰を落とし煙とともに息を吐いた。そして、再び右手を赤宮に向けて出した。
「……?」
 これで開放されると思っていた赤宮は首を傾げた。今度は何も持っていない。手は空で、むしろこちらから何かを受け取ろうとしているかのような……。気付いた。
「まさか」
「さんびゃく、エン……」
「そっちがくれたんじゃ――」
「さんびゃく、エン……」
「これじゃあ押し売り――」
「さんびゃく、エン……」
 三度繰り返されて、赤宮は諦めた。
「わかった、わかったから……はい、三百円」
 まるでプログラムされたような請求にあきれた表情で、財布からすばやく硬貨三枚をとりだして三太の右手に乗せる。
「……」
 三太は口を閉じ、金をプレゼント袋の中に放り入れた。するとようやく満足したのか袋を担ぎなおすと、犬とともに歩き出す。短くなった煙草を火も消さず硬貨同様に袋に捨て、それを見て驚く赤宮の横を過ぎていく。先ほどまでの進行方向とは正反対であることなどまるで気にしないかのように、そのままサンタルックの金髪少年は振り返ることもなく夜に消えていった。
 それを見送り立ち尽くしていた赤宮も数十秒して心中を整理すると、
「とりあえず、帰ろう……」
 再び歩き出した。
 駅に到着して、赤宮は目を疑った。
 電車がすでに、なくなっていたからだ。
 反射的に腕時計を見る。それはまだ電車が残っている時刻を示していた。さらに反射的に、駅に設置されている時計を見た。その針は、腕時計の三十分も未来を指していた。
 赤宮は絶句していた。呆然としながらも腕時計と駅の時計を見比べる。しばしの間の比較。赤宮は気付いた。
「……遅い」
 赤宮が三太から受け取った時計は、明らかに秒針の進みが遅かったのだ。信じられない、という思いが赤宮の頭で回っていた。
 駅前で腕時計を見ると余裕があったので赤宮はコンビニで雑誌を読んだ。だが実際は余裕などさほどなく、その間に電車はすべて通ってしまったのだろう。間違いなく三太から貰った腕時計のせいだった。
 途端に、やり場のない怒りがこみ上げた。三百円とはいえ金を払って受け取った時計が、こんな不良品だとは。あんなワケのわからないやつとは関わらないで無視していけばよかった、とストレスが生まれる。
 その中からふと、ある記憶がこぼれてきた。それはまだ赤宮と彼女が高校生だった頃。赤宮は時計の故障が理由で待ち合わせに大幅に遅れたことがあった。チョコレートパフェをご馳走するまで、彼女がひどくご立腹だったのを覚えている。彼女は今、どうしているだろう……。
 時計の故障繋がりで突然思い出したのだろうか。赤宮は懐かしい思い出に心が穏やかになるのを感じた。思わず顔が綻ぶ。生まれたストレスがため息と共に霧散した。
 しばらく思い出に浸り、赤宮は駅を出た。タクシーで家に帰れるほどの金はない。電車がないのだからバスもありそうにない。つまり、自力で帰宅しなければならない。明日――もう今日になっているが――の仕事は出られるだろうか。
 赤宮は奇妙な赤服の少年に複雑な感情を抱きながら、車と人が行き交う大交差点に足を向けた。

「ありがとうございましたー」
 レジ係の時間に合わない明るい声を背に、白井夕美はレンタルビデオ店から出た。
 深夜だというのに街は賑やかだった。クリスマスイブ――すでにクリスマスだからだろう。クリスマスは恋人達のためにあるとでも言いたげな街を歩きながら、白井はため息をついた。自分にクリスマスを過ごすような相手はいない。深夜のレンタルビデオ店なんかに用がある者は大体そうだろうと思う。ちなみに白井はビデオを返却してきた。
 とはいっても、そのビデオは白井自身が見ようと思って借りてきたものではない。ある奇妙な、実に奇妙な少年に半ば強引に渡されたものだった。何故か三百円と引き換えに。
 事の始まりは白井が夕飯の買い物から帰る途中まで遡る。
 買い物からの帰路に、白井は〈サンタ〉に出会った。といってもサンタっぽいのは服装だけで、トナカイ仮装の可愛い犬を連れた〈三太=クロース〉と名乗る金髪の少年だったが。そしてどういうわけか白井は三太からプレゼントを買う流れになっていた。社会人生活に慣れてきて退屈を感じ始めていた白井は、好意的にプレゼントを買った。三太は代金を受け取ると早々に立ち去ってしまったが、白井が貰った紙袋の中身を見ると某レンタルビデオ店の袋と小さな箱が入っていた。箱は片手に乗るほどの大きさで、鍵がかかっているらしく開かない。ビデオの方は返却日がなんと今日だったので夕飯の後に鑑賞することにした。そして日付も変わった頃にようやく返却し、今に至るわけである。
 サンタクロースの贈り物が返却日の迫ったレンタルビデオとは前代未聞だと白井は思った。ちなみにビデオの内容は、平均以上に時間が長いくせにちっとも面白くはなかった。そのうえ返却のためにこうして出かけている。幸いレンタルビデオ店が家の近くだったものの、まったくもって理不尽な話だ。
 しかし、白井にそんな類の表情はなかった。むしろ、少し上機嫌ですらある。それは実はビデオのおかげだった。
 確かにビデオそのものは何の得もなかった。だが白井は、ビデオを通してある思い出を見ていた。まだ白井が高校生だった頃。それこそ、クリスマスに一緒に過ごしたいと思える彼といた頃。その思い出の中の彼に、ビデオの主演俳優が似ていた。ただそれだけだが、白井はビデオが再生されている間ほとんど彼と彼との思い出を見ていた。デートで拗ねたこともあった。友達にばれて冷やかされたこともあった。お気に入りの曲を同じイヤフォンで延々と聴いたこともあった。そんな、おそらく今までの人生で一番純粋に楽しかった日々。結局、進路の関係から彼とは卒業式に別れてしまったが、それらは今でも心を温まらせた。
 明るい街を歩く白井の顔が、若干曇った。
 久しぶりに浸った思い出は、生活に満ち足りなさを覚えていた白井を少しだけ満たした。やはりあの時が一番満ちていたのかもしれないと白井は感じた。だが、それと一緒に、白井はなんとなくその満ち足りなさの原因を悟ってしまったのかもしれない。今ひとつ異性に興味が持てずにこうして独りでいる理由を知らされてしまったのかもしれなかった。あるいは白井はそれすら忘れようと、どこかに隠していたのかもしれないが。
 この軽く矛盾した気持ちは、三太と名乗った若いサンタクロースがもたらしたものなのだろうか。
 なんとも、複雑な心持だった。
 彼とは卒業式以来連絡を取っていない。大学を卒業したのか、どこで働いているのかも白井は知らない。知ろうと思ったこともない。ただ、今は少しだけ、気になった。
「…………もしかして、私」
 呟き、つぐむ。それ以上先は言えなかった。何故かはよくわからない。
 白井が立ち止まる。大交差点の歩行者用信号機は赤く光っている。ちょうど向かい側と同じように、白井の周りに信号待ちの人が集まってきた。白井はぼんやりと車の往来を見つめている。
 ふと、何か赤いものを、白井の視界をかすめた。反射的に視線を視界の端に向けると、確かに赤い動くものが目に入った。
「えっ……」
 思わず白井は声を上げていた。
 白井の目が捉えたものは、数時間前に会った自称サンタが連れていた、あの仮装犬だったからだ。サンタルックにトナカイ風の角飾り。見間違えるはずがない。車が道路を縦横に走る中、舌を出して呑気にも見える顔で駆けている。どういうわけか赤装束の犬に反応する車はなく、それどころか周りの人間も誰一人としてあんなに危険な光景を気に留めている様子はない。いや、交差点の中心に向かってトナカイ犬が走っていることなど、誰も気付いていないのだ。不思議な状況に白井は唖然としてただトナカイ犬を目で追うしかできない。そして、あっという間に大交差点の中央に到達したトナカイ犬はその細長い顎を開く。
「わん!」
 可愛らしい鳴き声。
 直後、トナカイ犬の両側を車が通過した。
「あっ」
 その一瞬で、大交差点の中心からあの犬はいなくなっていた。
 視線が宙に浮く――――。
 その瞬間、二人の視線は、交わった。
 刹那の間。
「竪、憲……?」
「夕美……?」
 大交差点の両端に立つ二人の呟きが相手に聴こえるはずはないが、二つの視線は互いを驚くほどはっきりと認めていた。
 赤宮竪憲と白井夕美の再会と同時、歩行者用信号機の光が変わった。

「夢、みたいだ」
 赤宮は白井の顔を間近に見ながらこぼした。
「夢、かもね」
 白井もまた、静かに呟いた。
 互いの肌の温もりが二人の言葉を否定していた。
 赤宮と白井は、白井のアパートにいた。柔らかなベッドの上で、言葉を交わしていた。すでに二時間以上はそうしている。もうあらかたのことを話しつくしていた。二人が卒業、別れてからのこと。大学のこと。仕事の事。昔の話。どれも他愛無く、幸せな会話だった。
 会話がひと段落つき部屋が静かになったころ、思い出したように白井はそのことを話した。
「私、今日ね……昨日かな。サンタクロースに会ったの」
 隣からの言葉に、赤宮が目を丸くする。
「サンタ……?」
 そんな赤宮の様子に気付かず、白井は楽しげに続ける。
「うん。でも、変なサンタクロースだった。金髪の男の子だった。トナカイの角みたいな飾りをつけた犬を連れていて……」
「一個、三百円」
「え?」
 言葉を挟まれ、驚く白井。引き継ぐように赤宮が言う。
「俺も、会ったんだ。それで、時計をもら……買った」
「竪憲も会ったの……。私はレンタルビデオだったわ」
「なんだそれ」
「つまらないビデオだった」
 交互に、自分へのプレゼントとその後の経緯を話し合う。
 総合して、まさしく二人はそのプレゼントのおかげで再会できたとしか思えなかった。
「……どうなってるんだか」
 赤宮が独り言のようにいう。
「そういえば、貰ったのはビデオだけじゃなかったわ」
「え?」
 白井が例の紙袋からそれを取り出した。
「これ。鍵がかかってて開かないんだけど」
 小さな穴を指して言う。
 それを見て、赤宮も二つ目のプレゼントを思い出した。
「もしかして、それって……!」
 興奮気味に、ポケットからそれを掴み出す。
「あっ、鍵?」
 小さな玩具みたいな鍵がチラリと光る。
 ここまできたら、考えることもない。
 赤宮は白井から箱を受け取ると、まっすぐに小さな鍵穴に小さな鍵を挿した。二人の間にわずかな緊張と期待が膨らむ。
 深呼吸をして、手首を回した。
――カチリ。
 蓋が開く。
 それは、箱ではなかった。
「…………あ」
「これ、って」
 二人の耳に溶け込む、繊細な旋律。
 それは、オルゴールだった。
 箱の中から、小さな、小さなメロディが流れ出る。
 ただのメロディではない。
「懐かしい」
「……ん」
 二人とも、目を閉じていた。
 ともすれば聞き逃してしまうほどにか細い音色。ゆえに顔を寄せ合い、耳を澄ます二人。もはや二人の間に言葉はなかった。些細な疑問は口に出すだけ野暮と知る。
 やがてオルゴールが止まると、赤宮は白井を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「ねえ」
「なに」
 かつて彼女に告白したときよりも、一層の気持ちを込めて。
「もう、受験なんてないよね」
 白井は、かつて彼に告白されたときよりも美しくなった笑みで。
「うん」
 窓の外は暗い、それは聖夜の暗さ。
「三太=クロース……」
 二人分の、呟き。


 アパートの一部屋の明かりが消えたのを見て、金髪の少年は煙草を袋に放り込んだ。
 赤地に白い縁取りの帽子、コート、ズボン。〈1コ300エン〉と書かれた大きな袋。主人と同じ服と枝分かれした角飾りをつけた犬。
「めりー、くりすます……」
 三太=クロースはゆっくりと歩き出す。また誰かの元へ。


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