夏の終わりに届いたメール
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 件名:なし
 本文:さっき言おうとしてたことなんだけど、好きなんだ。その、突然でゴメン。
    嫌なら嫌で、はっきり言っていいから。
    じゃあ、東京、楽しんでね。

    ――END 15/11/24(Tue)15:32――





 何故、あんな事を電子メールなんかで伝えたのだろう。そう何回思ったか知れない。
 言える機会なんてものは、いくらでもあった。いつでも言えたのに、いつも言えなかった。言おうとすると、脱脂綿でも飲み込んだようになる。電子メールなんて手段をとったのも、それを克服できなかったからだ。
 結局、彼女がすぐにメールを見られない時を選んでしまった。
 その日、彼女は家族で東京に行った。私は空港まで行って、やはり、言えなかった。彼女が発って一時間後、心臓を吐き出す思いでなんとか電子メールを送った。
 そして、十一月二十四日の十五時三十四分。東京に、隕石が落ちた。
 首都圏を丸ごとクレーターと化し国民人口の一割以上に及ぶ推定死傷者を出した隕石は、その破片を黄砂のごとく大気中に舞い上げた。さらに隕石に含まれていた未知の金属はあらゆる電磁波に影響を及ぼし、悪夢の鉄粉により世界は瞬く間に無線通信を失った。
 当然、彼女も死んだ。
 彼女からの返事は知れない。面と向かって言うことを恐れた罰なのだろうか。もう涙は枯れ、後悔もし尽くした。だがもし罰だというのならば、どうやって償いをすればいいのだろうか。
 メテオライト・パニックを克服した通信技術は間もなく開発された。
 だが私は、破片の影響を取り除きかつての無線通信を回復させる研究に努めた。それが償いだとは思ってはいない。ただ、そうしたいわけがあった。
 旧時代に対する固執。新通信体制の妨害。私の事を疎ましく言う連中は多かったが、そんなものに目をくれている暇はなかった。
 いつしか世界は復興し、旧通信の復旧などはもはや必要なくなっていた。それでも、どうしてもやり遂げなければならなかった。
 毛髪は色を失い肉体は衰え枯れ果てようと、一日も休まずに求め続けた。彼女に会う方法を。
 しばらくすると、研究が完成し復旧に成功したら歴史に名を残す偉業になるだろうという声も聞こえた。手の平の返しように苛立つ心もあったが、私はますます没頭した。彼女に、会いたかった。声を、聴きたかった。
 もう六十年が経つ。
 研究は、完成した。システムが稼動すればあの金属の電磁波妨害を無効化し、かつての無線通信が可能になる。
 メテオライト・パニックは既に過去のものだ。もはや覚えている者の方が少ない。だが世界があの事件を忘れようと、私は決して彼女を忘れない。一分一秒たりとも忘れたことはない。
 私は覚えている。あの時。彼女の上に隕石が落ちた時。私の携帯電話は電子メールを受信しようとしていた。一時も目を離さず握り締めていた液晶の画面が変わったあの時の、時の止まるような感覚を私は覚えている。
 システム稼動。周りの連中がざわつき始めるが、私には関係ない。
 防護ケースから携帯電話を取り出し、電源を入れる。よく、六十年ももってくれた。
 液晶に懐かしい待ち受け画面が光る。
 電磁波は、たとえ発信から何万年経とうが宇宙を漂い続ける。破片によって地上をさまよい続けていた電磁波は、彼女は。今、解き放たれる。
 六十年前に役立たずになった機械を大事にとっていたのは、きっと私だけだろう。あの時から行き場をなくした多くの電磁波たちはいまさら帰る場所もなく、どこかへ飛び立つだろう。だが、彼女は違う。私が覚えている限り、帰る場所がある。
 画面が、変わった。
 呼吸が止まる。音が消える。液晶の中で手紙が揺れ、開く。
 彼女だった。
 比喩でなく、心臓は止まっただろう。
 全身が痺れた。両手は携帯電話を取り落とすほどに震えている。机に落ちた携帯電話には、もう二度と会えないと思った彼女が。
 暴れる指先を必死に押さえ、ボタンを押させる。

 ――――……。

 六十年ぶりに時が、止まった。
 熱。
 目尻と鼻腔に熱を感じる。
 目の前の文が、滲んで読めない。
 動き出した心臓が、血液と共に涙も送っているようだった。
 枯れたものだと思っていた。喉の詰まりも、横隔膜の痙攣も、もう感じることはないと思っていた。それなのに。
 もう、返事の次第はどうでもいいと思っていた。彼女が俺にどんな気持ちでいようと、彼女に会えさえすれば、その言葉は何でも構わないと思っていた。
 それなのに、やはり、俺は待っていたんだ。この瞬間を、この返事を。その為に、俺は今まで生きてきたんだ。
 全てが、全てが溢れ、こぼれ出ていくようだった。涙も、嗚咽も、記憶も、六十、いや、七十年余りの想いも。
「ぁ……っあく、う、ぁ……よろ、しく……。っ、ま…………、マヤ……ぁあ、うぅ」
 言いたいのに。溢れ出るままに全て言いたいのに。老いた体と昂る感情が、そうさせてくれなかった。
 それでも、大丈夫。もう口で言えなくたって。
 きっと、聞こえて、いるよね。
 マヤ、おかえり。





 件名:返信遅れてゴメンね
 本文:その、驚いちゃって・・・・。ううん、ウソ。
    ホントは、そうだったらいいなって、ずっと思ってたの。
    すごく嬉しいよ。ありがとうね! 
    帰ったら、よろしくおねがいしマス(\ _)m  from Maya

    ――END 75/8/29(Thu)15:32――




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